真偽の不確かな情報がSNSを通じて駆け巡り、いわれない情報や中傷が束となって人の心を痛めつける。そんな状況を「言論の自由」を根拠に放置していいのか?
真か偽かを議論すべき情報ではなく、快か不快かを判断する情動によって社会が動いていく情動社会となっている。
情動社会においては、情動つまり「いいね!」を押すかどうかの動物的レベルの対策こそが必要である。
それに対して「言葉は人と人がつき合うためにある。他者の存在を忘れた表現に無制限の自由はない」とのSollenを語るだけでは不充分である。
1789年のフランス革命の価値を検証し、ロックやルソーの世界を持ち出すだけでも不充分である。むしろ、その情動に訴えて楽しい集い、映画や文化、スポーツからの呼びかけが大切である。皆さんにはフェイクニュース以上に楽しい活動をSNS上にアップしてほしい。
大阪万博開場の日に「いかなる理由があっても戦争は反対」と皆でSNSに投稿しようではないか。
令和7年3月27日 廣 田 稔