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人は、夢と現実を同時に生きなければならない。その匙加減がとても難しい。
私の可能性を最大化するには、自分の可能性には限界があるということを知っておく必要がある。しかし中々、子供には「向上心は持たなくていい」「満たされない欲望に灼かれんでもいい」とは言いにくい。つい、刻苦勉励型の人間を求めてしまう。
しかし、それだと子供は頑張れなかった自分を自己の中に取り入れ、大人になれないまま年齢だけ重ねてしまう。
嫌になったら、努力、向上する人間の心身の力には限界がある。不愉快な人間関係に耐えんでいい。逃げてこい、と言うべきである。
新しい場所で、生活の中で、穏やかな家庭生活を謳歌すること、敬育の様をとれる社会的ポジションに就くことや信頼できる友人や愛情、細やかな恋人を得られるよう、頑張ってみようと最近は芸人に言うようにしている。
女性文化は近代日本においては男性的な価値観を対する対抗軸としての社会的機能を果たしてもだが、今や男性的価値観に一元化しつつある。
高い地位や金を求めて、カリカリ働くお父さんに対し「そんなことどうでもいいやないの」「それより二人でゆっくりしましょう、ワインでも飲みましょう」と言ってくれる女性へ戻ってくれることを期待したい。
サクセスなんて品が悪いと、ゆっくり、きっぱり言い切れる女性よ、沢山出てこい。
人の一生は自らを向上させようと努めることと、ありのままの自分を受け容れることとのバランスを取りながらなのでしょう?!
令和8年1月28日 廣 田 稔

出典:グイド・レーニ《悔悛するマグダラのマリア》/ウォルターズ美術館蔵(17世紀)


