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私はこれまで世界にしろ、人間にしろ、理解するには歴史を学ぶことが大切だと言ってきた。AIの台頭によって改めて気づかされた。歴史は過去の研究ではなく変化の研究であることを。歴史は何が変わらず何が変化し、物事がどのように変化するかを教えてくれるのである。
あくまで歴史は決定論的ではなく、未来は今後の年月に私たち全員が行う選択によって決まる。
民主社会が非有機的ネットワークにどう対処したら良いのかを探る努力をして、悩むことのない政治家は全く財務上の決定を下すことはできるものではない。
今や地球規模で民主主義社会と全体主義社会の間で紛争がありAIを駆使しようとしているが我々が人間として団結して共通の利益を守る努力をしていかないとそれこそAIにバカにされるし制御不能のAIの餌食になってしまう。
尚、歴史とは過去と未来における人間社会の推移の研究である。
誤情報や偽情報が引き起こす問題の解決策は、一層多くの情報を得ることだと言われている。それが対抗言論ドクトリンと言うが、それには何より物語が必要である。
それがたとえ虚構であっても、共同主観的現実の作成に向かって各人が努力する必要がある。
民主制とは多数決原理のことではない。万人の自由と平等を希求することを意味するのである。
令和8年1月5日 廣 田 稔

甘樫丘から望む大和三山


